局所表面導電性の評価をめざした近接場光学反射測定


-背景-
 さらに微細化の一途をたどる電子回路や自己組織化手法により生成される量子ドットなどのサブミクロン構造を評価対象とする必要性が高まってきている。
 しかし、そういった試料を光学顕微鏡で観察・評価することは光の回折限界により空間分解能に制限を受ける事から不可能なことと言える。
 空間分解能を向上させるには光速vを遅くするか振動数ωを高くするしかないが、それでは試料表面にダメージを与えたり限られた環境下でしか測定することが出来ないという問題点がある。
 そこで用いられるのが近接場顕微鏡(SNOM)で、光の波長以下の開口をもつプローブを用いることで入射光よりも高い空間周波数を持つ近接場に変換して、それを測定に用いることで光の回折限界を超える空間分解能(数百nm)を実現する。

 また、微細化された試料の物性は従来のマクロな物性とは異なることが知られており、それを観察するに局所的に調べることのできる近接場顕微鏡による観察が最も適切である




画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  通常、何か試料の導電率を測定する場合は電極を取り付けて電気的に導電率を測定する。しかし、微小な試料では電極の取り付けが困難であり電気的に導電率を測定することは不可能である。
 そこで用いられるのが光を照射してその反射率を測定することで、それを基に導電率を導き出す方法である。
 一方、近年は自己組織化手法によるサブミクロン構造の物性評価を行う必要性が高まっている。
 しかし、従来の光学顕微鏡では用いる光の波長の1/2が空間分解能の限界であり、ナノメートルオーダーの空間分解能を得ることが出来ない。そこで用いられるのが走査型近接場顕微鏡(SNOM)である。これは可視光を光源として用いるものの、その光よりも高い空間周波数を持つ近接場に変換し、この近接場を測定に用いることで高い空間分解能を実現するものである。
 本研究は、以上二つを組み合わせて高空間分解能で試料表面の局所表面導電性を目指したものである。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  反射率測定から導電性評価の主な手順を左図に示す。
 まずは可視光帯の光を波長掃引しながらパワー反射率Rを測定する。次にクラマースクローニヒ(KK)の関係式を用いてRから位相差θを導き出す。
 Rθから複素屈折率n = n + i κと複素誘電率ε = ε' + i ε"を導き出す。
 ε' が0を横切る周波数をω' = (ωp2 - τ-2)1/2として、これをドルーデモデルにより得られる複素誘電率のグラフとフィッティングすることで求める。
 このようにして求められたプラズマ振動数ωpと電子の運動緩和時間τから導電率σを求めることが出来る。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  以降反射率測定から導電性評価を具体的に述べる。
 金属の反射率と導電性の関係については金属原子イオンと自由電子という一般的なモデルを用いて古典的に扱ったドルーデモデルにより説明される。
 εr = 1 - ωp2 / (ω2(1 - i/ωτ))がドルーデモデルにより得られる式で、ここでωpは自由電子の共振周波数であるプラズマ振動数。τは電子が金属原子イオンに衝突を繰り返す時間間隔の平均でありこれら2つで金属の誘電率が表される。
 εrを実部εr' ・虚部εr" に分けた場合、実部が0を横切る周波数がω' = (ωp2 - τ-2)1/2であり、このωpτを用いて導電率σを計算することが出来る。
 また、このときω' 以下の周波数でεr' が負の数値になっていることが自由電子が外部電場にたいして遮蔽効果をもつ事を意味し、つまり金属の高い反射率を示す原因になっている。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  測定した反射率Rを用いて振幅反射率r = R1/2exp(i θ)とおいたとき、θRにはクラマースクローニヒの関係式が成り立つ。これにより、ある周波数における位相差θ(ω' )を測定したすべての周波数ωとそれに対する反射率Rを順次代入して計算することで求めることが出来るので、これを測定した全ての周波数で繰り返すと周波数に対する位相差を得る。
 求めたRθから屈折率nと消光係数κを求めることが出来、そこからさらに複素屈折率を求めることが出来る。
 ここでMaxwell方程式により導電率σ=-ωε" の関係式が得られるが、これはある周波数で振動する場合の導電率で、現在の所これを測定しても比較するデータが無い。ドルーデモデルとのフィッティングにより得られるσω=0となるような場合で、それは文献に記載されている自由電子密度から理論的に求めることが出来それと比較することが可能であるので、本研究ではドルーデモデルとのフィッティングによる評価を目指す。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  上で示したクラマースクローニヒの計算過程をアルゴリズム化して数値計算ソフトであるMatLab上でプログラミングした。
 このとき測定時は波長を横軸に測定するのに対し、KK変換は周波数で計算するので短波長から長波長にかけてデータの間隔が開いてしまう。KK変換は出来るだけなめらかな曲線を元にして行いたいため、全測定点を3つずつに分けてその3点間を2次式により補間してその区間ごとに積分計算を行う事にした。
 このようにして作ったプログラムが正しく計算されているかをチェックするために一般的でプログラミングが容易な箱近似によるKK変換プログラムと計算結果を比較した。
 結果が左図で、青いラインが仮想的に作った反射率のグラフで、これを元にKK変換の計算したものが緑のラインである。これにより双方のグラフがほぼ一致していることがわかり、2次式補間による計算は正しくなされていることが証明された。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  次に文献値により与えられる屈折率nと消光係数κから反射率Rと位相差θを求め、さらにそこからもう一度nκを計算する事で物理的に正しく計算されるのかを検証した。
 位相差で点線が文献値から直接求めた位相差で実線がKK変換により得た位相差である。これらを比較すると短波長から長波長にかけて徐々に差が広がっていることが分かる。一方、光学定数のグラフでは青がn。緑がκでいずれも点線が文献値である。これよりκは文献値とほぼ同じラインと通っているが、nは文献値に比べ計算値は全体的に高い数値になっている。
 これら違いのでる原因として考えられるのは、文献値のデータ範囲外の波長の反射率を得ることが出来ず、今回は反射率の外側をデータの両端の数値をフラットにしてKK変換したことが考えられる。
 しかし、定性的にみるとnκが交差する点(ω' )が一致することから、定性的には正しく計算されている事が証明された。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  次に伝播光による反射率測定からKK変換を経て導電率の評価を試みた。左にそのとき用いた反射測定系概念図を示す。
 光源にハロゲンランプとD2ランプを用意し、それらをミラーで切り換えて使用する。光源から出た光は高次回折光除去光学フィルターを透過しグレーティングで波長ごとに空間的に分けられ、その先にあるスリットで特定の波長の光だけが試料ステージへと導かれる。
 また、この装置は本来水溶液などの透過率を測定するための物であったが反射光検出用に試料ステージを改造した。
 この装置で測定する場合、まず試料ステージ前にPDを置き光強度を検出しこれをベースライン I0としてPDを図の位置に設置して反射光 I を測定し、I/I0を反射率とする。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  上の装置を用いて、レーザー用の金・銀蒸着ミラーの垂直入射による反射率を測定した。結果は左図で赤が金、青が銀。共に実線は測定値、点線は文献値である。
 この結果では測定値のグラフが全体的に文献値の約1/2の反射率しか出ていないが、これは装置の関係上検出用のPDの位置が若干光源の光を遮り、また反射光を全て受光できない位置にあり、結果的に約50%になっているものと考えられた。
 それを踏まえてこのグラフを見てみると、長波長側では測定値・文献値共にグラフは同じであるといえるが、短波長がわでは反射率が、銀は減衰。金は波打っている。
 この原因は、今回の試料がレーザー用の蒸着ミラーであるという事から、表面保護膜が蒸着してあり金属表面との干渉の影響が出てしまっていると考えられた。
 この様なデータであるが、KK変換を行い導電率の評価を行った。ただし今回金の短波長側での反射率の波が後々大きな影響を与えてしまい、導電率評価は事実上不可能であったので、今回は銀についてのみ述べる。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  左図に測定した反射率から求めた位相差・光学定数・複素誘電率のグラフをそれぞれ示す。(いずれも実線:測定値 点線:文献値)
 今回この複素誘電率の測定値と文献値を比較することで双方の導電率の比率を求めた。そのときの計算が左下に示したもので、ε' が0を横切る点を今回はωpとして比較するとその比率は0.947と非常に近い値であることがわかる。次に、ε" の短波長側の立ち上がりがω3に反比例すると仮定すると、ωp2/τの比率を求めることが出来る。これとωpの比率よりτの比率が14.782と求まり、それよりσの比率が0.064と求まる
 これにより今回の反射率測定から求めたσは1/100で一致していると言える。ここで、ωpは非常に近い値で出ているのにも関わらずこのような誤差が生じる原因としてτが大きく異なっていることが考えられる。よって反射率測定では電子の動きが緩慢な低周波数側をもっと低い周波数まで反射率測定しなければならないと言う結論に達した。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  次に近接場反射測定システムを用いて反射測定を試みた。左図が測定に用いる測定系でSNOMの光ファイバープローブと反射測定系の光ファイバーを連結させて近接場反射測定を行う。
 光学調整用のYAGレーザーと波長可変レーザーを光源(切り換えて用いる)として用いる。光源から出た光は対物レンズにより集光されてファイバーポジショナーを用いて光ファイバーに導入される。近接場光プローブに到達した光は近接場に変換され、試料表面で反射し再び光プローブで伝播光に変換されて同じ光ファイバーを通って反射光検出系へと戻ってくる。光ファイバーを出た光はビームスプリッターにより検出用PDへと導かれる。
 ただし、このままでは右上に示したオシロスコープの波形のように対物レンズ・ファイバー端面などからの寄生光もいっしょに検出されてしまい試料からの反射光の選別が困難であった。そこで以下に示す3つの手法により試料からの反射光のみを選択的に検出できるようにした。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。 1)時間遅延による反射光特定
 対物レンズ・ファイバー端面などの寄生光と試料からの反射光はその光路差から測定時に時間遅延が生じる。その時間遅延を利用して反射光特定を行った。
 上の図で(A)の個所の連結部で左図のようにファイバーをアルミ蒸着ミラーと対向させてこの位置で反射光検出した場合、ミラー−ファイバー間の距離が近い場合オシロスコープ波形の青色点線円で囲った個所に、ミラー−ファイバー間の距離が離れている場合と比較して波形の変化が確認できた。このとき用いた光ファイバー長は1630mmで遅延時間が16nsであったので、ファイバー中を進む光の速度は204mm/nsであることがわかる。
 これは光ファイバーの屈折率を1.5として計算した場合の高速が200mm/nsであることからも確かな数値であることが分かり、今後光路長が分かれば試料からの反射光の遅延時間が分かりそれにより試料からの反射光の特定に役立てることが出来る。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。 2)反射光選択による反射光特定
 光ファイバーから出てくる反射光をひとつの光源として考えた場合、それを対物レンズにより集光して検出用PDの受光面で焦点を結ぶようにファイバーポジショナーの位置調整を行うことで、試料からの反射光が焦点を結ばずに広がっている場合に比べて非常に強く検出される。これにより効率よく試料からの反射光を検出する事が出来る。
 ただしこの場合反射測定系のレーザー光が光ファイバーに効率よく入り。また試料からの反射光を効率よく検出できるようにと2重の調整が必要となる。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。 3)偏光方向による反射光特定
 レーザー光は元々一定の偏光方向でそろっているが、対物レンズ・ファイバー端面などではその偏光方向そのままで反射してくる。しかしファイバー内を通り一度外にでてアルミ蒸着ミラーで反射してきた光は偏光方向がランダムになって反射検出用PDに入ってくる。そこで反射検出用PDの手前に偏光板を置き光源と同じ偏光方向の光を遮断するように調整することで寄生光を減衰させて試料からの反射光を効率よく検出できるようにした。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  以上3つの手法により調整を行った近接場反射測定系を用いて、開口の広がった光ファイバーを用いてYAGレーザーとチタンサファイアレーザー(Ti:Sphレーザー)の二種類の光源を切り換えて異なる波長での反射光を検出した。
 このとき、光源からの光の一部をビームスプリッターによりベース用PDへと導きここで受光される光強度をI0 とし、反射検出用PDで受光された反射光強度をI とし、I/I0 を名目上の反射率として用いる



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  試料をレーザー用銀蒸着ミラーにして測定した場合。
 ここで示したオシロスコープの波形で赤はch1・反射検出用PD。青はch2・ベース用PDである、さらにベース用PDに光源の光をそのまま入れては振り切れてしまうためNDフィルターをベース用PDの手前において光強度を調節したため、検出される光強度をI0' として考える。
 YAGレーザー(波長532nm)の場合I0' = 2.5V で40%・13%・3%のNDフィルターを透過させているのでI = 490.2V となり、それにより反射率(名目上)は4.49×10-6となる
 Ti:Sphレーザー(波長733nm)の場合I0' = 3.1V で40%のNDフィルターを透過させているのでI = 7.75V となり、それにより反射率(名目上)は4.49×10-3となる



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  同様に、試料をレーザー用金蒸着ミラーにして測定した場合。YAGレーザー(532nm)の反射率(名目上)は2.68×10-6、Ti:Sphレーザー(733nm)は0.28×10-3となった。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  以上をまとめたものが左図である。ここで各波長での試料の違いによる反射率の比率を求めるとYAGレーザー(532nm)の場合1.57。Ti:Sphレーザー(733nm)の場合0.93となり、これは金銀を試料として垂直入射による反射率を測定した文献値のデータを用いて、それぞれの波長で計算した比率と一致する事がわかる。
 これにより、この近接場反射測定系を用いて反射率測定を行う場合、まず銀のような広い波長域で反射率≒1 となるような試料の反射光強度を測定しこれをベースI0 として考え、未知の試料の反射光強度をI として、I/I0 を計算することで真の反射率を求める事が可能になる。
 ただしこの場合光プローブ−試料間距離の制御が重要でありI0I を測定するとき同じ距離で測定する必要がある。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  次に実際に開口径の小さい光プローブを用いて近接場反射測定に進む。
 近接場とは光プローブ先端に設けられた微小開口(光の波長以下の開口径)に光があたると、入射光の反対側に局所的に発生する電磁場で入射光よりも高い空間周波数をもつのでSNOMは高空間分解能を有する事になる。
 しかし、この近接場を試料に照射するには光プローブを試料に100nmオーダーで接近させる必要がある。その位置制御系が左図に示したもので、光プローブをその共振周波数で揺らし試料に近づけると、プローブ先端と試料表面原子の間に働く原子間力・シアフォースによってプローブの振動振幅は小さくなる。この変化を光プローブにレーザー光を照射しその表面で反射してくる反射光を2分割PDで受光する事で、S-ACout・S-DCoutという二つの信号で検知している。このS-DCoutを高さ情報としてプローブの高さを調節しているZピエゾにフィードバックさせることで光プローブ−試料間距離を制御している



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  また、光プローブ−試料間をどの程度まで近づければ近接場反射を検出できるかを調べる必要があったので、光プローブを試料に少しずつ近づけながら近接場反射測定(アプローチカーブ検出)を行った。
 横軸のシアフォース値とはS-DCoutの数値で光プローブ−試料間距離の指標となる。数値が小さいければ近づいていることを示す。測定結果よりシアフォース値0.1V未満に近づけたときに急激に反射率(名目上)が上がっていることから、0.1V未満で近接場反射測定に成功していると言える。
 しかしこの段階で問題点として光プローブ−試料間距離を具体的に知ることが出来ないと言う点が挙げられる。これはSNOMの高さ位置調節系ともからむ問題点であるが、しかし正確には反射率≒1 となるような試料の反射光強度I0 と未知の試料の反射光強度I を測定する場合同じ高さで測定することが出来れば良いので、今後どのように高さを調節するかを考える必要があるといえる。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  YAGレーザーでの近接場反射測定が可能となったので次にTi:Sphレーザーを併用して2種類のレーザーで異なる波長の光による近接場反射測定を試みた。
 結果は左図の通りで、これはレーザー用金蒸着ミラーを試料に用いて近接場反射測定を行ったときのものであるが、YAGレーザー(532nm)での近接場反射光検出は成功しているが、Ti:Sphレーザー(710nm)での近接場反射検出が出来なかった。これは入射光を近接場反射測定系図中の(A)の光ファイバー連結部で測定したデータを見るとレーザーパルス一発分の光エネルギーがYAGレーザーに比べTi:Sphレーザーは非常に小さいことが分かり、これが原因であると考えられた。
 これにより近接場反射測定を行うにはパルス一発のエネルギーが大きいレーザーを用いる必要があることがわかった。



画像をクリックすると、拡大画像が新しいウインドウに表示されます。  まとめと今後の課題を左に示す。
 以上の研究過程でKK変換時にデータ範囲外の反射率を何らかの式を立てて計算する必要があることが分かった。具体的には反射測定不可能な波長域では光の吸収率などを測定するなどして物理的要因を考慮した反射率を模す式を立てて計算する。また、ドルーデモデルとのフィッティングを行って具体的な導電率を求める必要がある。
 近接場反射測定では、波長掃引して反射率測定を行う場合はパルス一発のエネルギーが大きいレーザーを用意する必要があり、また反射率≒1 となるような試料をベースにとって測定する場合、未知の試料を測定するときのプローブ−試料間の厳密な距離を知る必要があることなどが問題点として挙げられた。
 しかし、これらの問題点を克服することで近接場反射スペクトル測定を行い、試料表面の局所導電性評価につなげられるものと考えられる。